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第一章:セクター29の発端

その伍

『軌道エレベータの建設が佳境を迎えました。』
『現在国際スペースステーション(ISS)の手前である人工サテライト《トーリ》の約百キロ手前まで軌道エレベータの建設は進んでいます。』
ニュースのキャスターが興奮しながら話すのが聞こえる。
すげぇな、まるでガンダムだと呟く親父。
今や軌道エレベータ建設は世界政府の主目的であり、かつて掲げていた『紛争の抑止力及び撲滅』のための世界政府はそこにはなかった。
たとえ紛争が興ろうと、トップニュースは何かしら軌道エレベータ関連である今日。
世界は戦争に飽きていた。否、目を背けているにすぎない。
何故なら、今回の軌道エレベータの根本を何処に置くかで紛争が勃発しかけたのだ。
四度の世界大戦を経て、厭戦風潮が世界に蔓延していたのだ。
しかし戦争という人類の大罪の巨人は眠りにつくことはない。
極端に言えば大統領の指の動き一つで戦争は興る。人間の残虐面は衰退しない。
軌道エレベータの根本を巡る紛争を抑止するため世界政府が創られたと言っても過言ではない。
結局、根本はサハラ砂漠のど真ん中という結論に至った。
非居住地域が選べたのは、至極全うである。
ちなみに世界政府にはリーダーはいない。かつての国連のように幾つかの強国が平等の権利がある。
安全保障理事会のようなものだ。つまり国際連合の強化版と言って差違はない。

第五次大戦を防ぐ人類の罪の、世界の堤防である。

長らく回想していると父親が話しかけてくる。
「秀弥、今日学校は?」
・・・しようがない親父だ。今は夏休みである。「無いよ。」
そう短く答えてから、「父さんはもう行かなくていいの?」
「ん?」味噌汁を啜りながら答える。
・・・食べろよ、先に。
「まだ捕まらんのだよ、星が。」彼は頼り無さそうだが刑事なのだ。
なんか昔剣道で全国制覇したこともあるらしい。侮れぬ。
「星、て唯野ヒトヒトって人?」
「んにゃ、人間兵器さ。アイツは人じゃねぇ。人外だ。」
理や摂理と背反。
「いんや、部外者のお前には言えんがよ、阪野蟻祐という族さ」言ってんじゃん。
「殺人鬼【ベルセルク】として恐れられている男よ。今旧新宿:セクター12に潜伏してるんで今から出張るとこさ。」
こうまで突抜に操作情報を漏洩するので秀弥は心配になる。

ベルセルク、狂戦士か。

「秀弥、今日の予定は?」
「ああ、いつも通りポッドで潜るよ。」
ポッドとは球体型の遊戯筐体である。
中に座席と幾つものセンサーが取り付けられており、日本の高校男子の七割が保有する機器である。
秀弥はそれを改造してネットに接続する。
回線があるところならば何処へでもアクセスできる。
現実世界と疑似世界の二界層が平行世界のように存在していた。
・・・無論この無能な父親はそんなこと全く知らないが。
「ゲームはほどほどにしておけよ。」そんな的はずれなことをいっている。
確かに『ラストファンタジーⅩⅠ』などはのめり込んだ。
元々極めなければ気が済まない性格上、自分のPCを何百時間を費やして最高値であるレベル999まで育て上げた。
全マップを開拓したりしたこともある。
途中でやめていった奴等などは無視してギルドで最後の一人になろうと続けた。
だが極めた後は空虚しか残らなかった。絶大な虚しさが彼を襲う。
だが彼はその時には既に代替を見つけていた。それがネットワークである。
果てはなく、世界のように一生掛かっても総ての土を踏むことはできない。
これならば終わりは来ない。安心して没頭できる。

空虚は消滅した。

「それじゃ、お父さんは行くよ。」
「ああ、いってらっしゃい。」
いつもの朝。
平凡な螺旋から脱却したいとは思わないが、平和だな、と思ってしまう。
食器を片付け、部屋に上がり、中央に居座るポッドの中に這入る。
全面が液晶で覆われた球体は主の帰還を察知し、自動で起動した。
ネットワークにアクセスする。操作はすべて両手に一つずつ収まった卵形のハードを使う。
《マウス》などは退化して消え、今は《エッグ》がスタンダードだ。
メールをチェックすると新着が一通届いていた。
"差出人:不明"のメールはいかにもウイルスキャリアの匂いがした。
だが秀弥のポッドAI に感染出来るウイルスなどメールには添付できない要領を有するはずだ。
したところで彼なら大抵のウイルスは自分で対処できるのだった。
メールを開く。その瞬間、ポッド内が光に満たされた。
『!?』
目がやられる。だが眼鏡越しだったお陰でダメージは少ない。
メタモンかよ、と漏らす。その例えは的確か解らないが。
どうやら閃光だけか。想う。
画面が過度に発光するのを停止したとき、秀弥の目の前には道路が広がっていた。
強制的に召喚とは手荒い。苦笑い。
状況の把握が出来ないでいると声が四方から聴こえた。

否、都会の喧騒だ。

仮想現実か!
自分は道路の真ん中に立っているように脳は認識しているが、その実はポッドから一歩も出ていない。
秀弥は右手を動かす。
だがそこには先程まで感じていた卵の感触は消失しており、握ろうとしても五指は空を切るだけだ。
ち、エスケープも塞がれたか。思考する。
仮想現実からの脱出方法。
昔の映画では電話に出ると強制的に送還されたが、この世界はどうだか分からない。
そこまで思考したとき、突如ジリリ、ジリリという雑音が聞こえた。

公衆電話・・・!

しかも呼び出し音は意識下に呼び掛けているようで、町の喧騒に遮られることはなかった。
車を避けながら(向こうから避けてきた気がしたのは気のせいか?)、今はもう絶滅した公衆電話に辿り着く。
ドアを開けるとジリリ、ジリリと呼び出し音が一層大きく聞こえた。
受話器を取る。その感覚さえ、リアルだった。

「もしもし」
『キェエエ!マッテイタヨ、ヒデヤクン!』
・・・なんだこいつは!?片言だし電子音だし!機械かなにかか?
「お前は誰だ!?」
『キシシ、ボクノナマエハオオエドノウム。キンキー、サ。』
「変態〈キンキー〉、ね。この世界はお前のか?」
『レイセイダネ。キシシ。ソノクエスチョンハ、イエス、バットロング、サ』
「正解だが、不正解・・・?」
『ナマエハマダナイ、テカンジカナ?キシシ』
「古典だぜ、それ。」
『キシシ、ハクシキダネ。キミノコードネームハ【ギーク】でキマリダ。・・・コノセカイハ《シオン》トイウ』
「シオン?」
『シツモンハナシダ。モウスグ《サイレン》ガナル。』
「サイレン!?」

その瞬間、時が凍りついた。

車や通行人、果ては雲まで静止した。
そのかわりに耳を切り裂くような強烈なウウウ、ウウウンというサイレンが辺りに木霊した。
受話器を叩き戻し、公衆電話の箱から飛び出る。
空を見上げると、全てが制止している筈の空から雨が降ってきた。
と同時に辺りが暗くなる。そして秀弥は走り出す。
ヤバいな、と思考しながら。
耳が完全にやられた。そう思いながら駆けていると、目の前に華奢な男が一人。
砕けた防護殻を纏い、漆黒のスーツに身を通した男。
彼の腰には鞘に収められた日本刀が妖しく光った。
「!?」
秀弥は動きを止める。否、目の前の男に圧倒されて動けないのだ。
強力な重圧を纏う男は言う。

「あんちゃん、訊くけどよう。」

柄に手を掛けながら。
「大江戸能武、てのはお前か?」

抜刀した。

・・・居合い斬りッ・・・!
秀弥の胴体を貫通する刀身。だが血は流れない。
それどころか通り抜けていた。
「!?」
「ありゃ?お前もか」男は抜いた刀を鞘に収める。

「鬼藤佐助だ、宜しく」




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